
激動の幕末期である安政元年。長州藩の牢獄“野山獄”に、江戸から一人の男が護送される。彼の名は吉田寅次郎、後の吉田松陰。国外密航を企て、野山獄に幽閉されたのだ。寅次郎は、すっかり荒んでいた野山獄の囚人たちと、積極的に関わろうとした。始めは疎んじていた囚人たちだったが、常に前向きな寅次郎の姿に影響され、次第に心を動かされていく。野山獄唯一の女囚・高須久も、そんな寅次郎の言葉に救われて、閉ざしていた心を少しずつ開いてくのだった。


激動の幕末期である安政元年。長州藩の牢獄“野山獄”に、江戸から一人の男が護送される。彼の名は吉田寅次郎、後の吉田松陰。国外密航を企て、野山獄に幽閉されたのだ。寅次郎は、すっかり荒んでいた野山獄の囚人たちと、積極的に関わろうとした。始めは疎んじていた囚人たちだったが、常に前向きな寅次郎の姿に影響され、次第に心を動かされていく。野山獄唯一の女囚・高須久も、そんな寅次郎の言葉に救われて、閉ざしていた心を少しずつ開いてくのだった。




幕末期に松陰が開いていた私塾。高杉晋作や久坂玄瑞、伊藤博文などの、幕末から明治にかけて活躍した志士たちが多く通っていた。映画でも松下村塾として登場。塾生たちと熱い議論を交わしておったぞよ。


萩にある、日本海に面した風光明媚な海岸。夏には海水浴もできる。ラストシーンで、夕日をバックに高須久が松陰を想いながら歩く姿が、とてもキレイで印象的なのじゃ。わらわも同じように歩いたら絵になるかの?



毛利家(奇数代)の菩提寺で、現在は総門三門、大雄宝殿、鐘楼が昔の名残りをとどめる。映画の回想シーンで、高須久がしゃなりしゃなりと歩く横にある石灯籠には、圧巻の存在感があったでおじゃ。





高須久が松陰を想う気持ちがよく現れていて、とても切なかったでおじゃ。松陰の一言で女らしくなったり、もう会えないと思うと落ち込んだり…… 時代背景が変わろうとも、恋する乙女とはこういうものなのだということを、皆にも共感して欲しいぞよ。


おでこにマイマイ(つむじ)を持つ少女"新子"は、おじいちゃんが話す"千年前"の自分の町(山口県防府市国衙)を、いつも現在の世界に重ねて思い描いていた。そんなある日、東京から転校生"貴伊子"がやってくる。新子と貴伊子は次第に仲良くなり、友人たちと一緒にダム池を作る遊びを始める。そのダム池へやってきた赤い金魚に、大好きな先生と同じ"ひづる"と名前をつけ、みんなでかわいがっていた。しかし、あることがきっかけで金魚が死んでしまい、仲間たちとの絆にもひびが入り始め……。




周防国の役所があったといわれる場所。この場所は映画の中でもよく登場し、とくに金魚の"ひづる"を埋葬するシーンでは、新子の特別な思いが込められていて、とても泣けたぞよ。


今でも祠がたっており、周りの背景も当時の様子が感じ取れる場所でたも。わらわも、新子たちのように道路沿いに座って、映画のシーンを再現してみたいぞよ。



新子と貴伊子が、一緒に千年前の町の風景を想像するシーンの場所が、ここ「旧勝間神社(浜ノ宮)」でたも。鳥居や史跡などは当時のままじゃが、周りに見える景色は時代の移りかわりがよく感じ取れる場所じゃ。千年前と新子の時代を、新子のように現代に重ねて想像してみてはどうじゃ?





タイトルとかわいいタッチの絵柄から、ファンタジー要素がたくさんあるのかと思いきや、子供の視線で出会い・別れ、そして時折垣間見られる大人たちの世界がしっかり描かれているでたも。じんわり切なく、でも心がほんわか温まる作品で大人が楽しめる映画ぞよ。


攘夷の嵐が吹き荒ぶ、文久年間。ひたすらに外国人を斬るべしとの攘夷のあり方に疑問を抱いた志道聞多は、伊藤俊輔と共に佐久間象山を訪ねた。そこで敵である西欧の技術を習得する必要性を説かれた彼は、突き動かされるように藩に願い出て、5年の留学を黙認されることになった。"生きたる機械"となって、必ず長州に戻ってくる。聞多の志に集った山尾庸三、野村弥吉、伊藤俊輔、遠藤謹助の4名は、彼と決死の覚悟で国禁を犯し、ついにロンドンに辿り着いた。先進国の強大な国力に驚嘆し、日々勉学に励む5人。しかしそんな彼らに、長州藩による英国艦隊砲撃の報がもたらされ……。




旧藩校明倫館の敷地内にある、剣術場・槍術場が一体となった長い建物じゃ。映画では、函館で航海術を学んだ山尾の協力を仰ぐために、聞多が彼と剣を交わしておったよな。結局聞多は負けてしまったのじゃが、死罪をも厭わぬ強い決意に、山尾も腹を括ったのじゃ。


藍場川の上流にあるこの屋敷は、かつて水の管理をしておったらしいの。屋敷前の川沿いは、歴史的景観保存地区に指定されておる。ここに砂を敷き詰め撮ったのが、芸妓や町人で賑わう京都祇園のシーン。「阿呆ー!」と叫ぶおなごが、わらわの如く愛らしかったことよ。



時代を下って明治期に、長府毛利家藩主・元敏によって建てられた邸宅じゃ。この美しい庭を背景に、茶の湯に興じる藩主・敬親が、周布政之助の進言を受け入れ5人の渡海を許したのじゃ。"そうせい侯"と呼ばれる所以のキメ台詞、「そうせい」がキラリと光っておった。





真の攘夷を実現させる覚悟の証として、刀を置き髷を落とし、侍を捨てる決意をした5人。順々に同志の手を借り、己の魂と決別する苦悶の表情には、胸がジンと熱くなるでおじゃ。武家至上のこの時代に、何と気高き益荒男子か。わらわはこのシーンが一番好きじゃ。


甲子園の優勝投手・並木浩二は、肩を痛めてエースの座を失うが、野球への情熱が消えることはなく、新しい変化球=魔球の完成に復活をかけていた。しかし、時代は戦争へと突き進んでいく。家族、友、そして恋人とも別れて海軍に志願した並木は、敵艦に体当たりして自らの命と引き換えに戦果を得る、人間魚雷“回天”に乗って特攻という任務を選択する。そしてついに出撃のとき。生きるとは? 死ぬ意味とは何か? 野球に打ち込んだ日々や、大切な人を思い浮かべながら自問する。




ラストシーンで、現代と当時をつなげる場所として使われた。トロッコで回天を運んだトンネルには、そのころの写真が展示してあったり、音声ガイドが流れたりして、当時の回天特攻隊員の思いが、ひしひしと伝わってくるようじゃ。


野球の試合や、並木が仲間達と魔球を開発するためのピッチングをしたシーンで使用された。今は球場ではなくなり、一部に某パチンコ店が建つ。まだ草が生えている部分に、古い球場の面影が感じられるかの?


嫌でも戦争に行かなければいけなかった時代。よりによって生きて帰ることのできない、“回天”に乗ることに。どんな理由をつけても、本人の死にたくない、周りの死んで欲しくないという思いに変わりはなく、それをどうにもできないのが辛くて泣けるおじゃ。